はじめに
運動失調とは「運動麻痺がないにもかかわらず、筋が協調的に動かないための円滑に姿勢保持や運動・動作ができない状態」とされています。
通常、私達が何かの動作、運動を行う場合、動きに必要な筋肉が協調して収縮します。運動失調では、この筋収縮の協調が失われるために正しい動きができなくなります。口唇、舌の動きもぎこちなり、呂律がまわらず話しづらくなります。
また、体のバランスがうまくとれなくなってしまいふらついてしまいます。
運動失調の原因には、下記のような病気が挙げられます。
- 脳梗塞、脳出血などの脳血管障害
- ウイルス性脳炎、細菌性脳炎などの感染症
- アルコールや睡眠薬、化学薬品などの中毒
- 悪性腫瘍
- ビタミンE欠乏などの栄養素欠乏
- 奇形
- 脳の代謝障害
- 多発性硬化症などの自己免疫性神経疾患
- ミトコンドリア脳筋症
- プリオン病
運動失調きたす疾患の中には、治療可能な病気もあるので、どの病気によるものなのかをしっかり診断していくことが重要です。
分類
①小脳性運動失調
小脳は運動のコントロールの中心的な役割を果たしていますが、この小脳が障害されることで小脳性運動失調が出現します。
小脳梗塞・出血・腫瘍や脊髄小脳変性症などで生じ、運動失調の分類のなかで最も頻度が高いものです。
<特徴>
- 深部感覚(位置覚・運動覚・振動覚など)は正常
- 歩行は酩酊歩行様 ・測定異常があり、振戦は企図振戦
- 症状は両側にみられることもあるが、病巣と同側に片側性に出現することが多い
- 構音障害(爆発性・不明瞭・緩慢)が特徴的
②脊髄性運動失調
脊髄に病変があり、位置覚、関節覚などの深部感覚が障害されることで起こります。
代表的な疾患として脊髄腫瘍、変形性頸椎症、脊髄空洞症、多発性硬化症、末梢神経疾患などがあります。
<特徴>
- 運動失調は下肢で著明に出現
- 歩行時には、足元をみながら足を開いてパタパタと踵を踏みながら歩行する
- 閉眼すると運動失調は増悪する
③大脳性(前頭葉性)運動失調
前頭葉、側頭葉、頭頂葉の病変でも運動失調が起こることがあり、小脳性運動失調の症状に似ています。
前頭葉を中心とした脳外傷や脳腫瘍が原因の疾患として挙げられます。
<特徴>
- 運動失調は小脳性のものと似ている
- 病巣とは反対側の身体に症状が出現
- 頻度としてはまれ
④前庭性(迷路性)運動失調
平衡感覚(頭の傾きや回転などの運動に関係)に重要な前庭器官(三半規管など)に障害が起こることで起こる運動失調です。
主に前庭神経障害(前庭神経炎、メニエール病など)や中枢神経障害(多発硬化症、脳幹梗塞・腫瘍など)
<特徴>
- 深部感覚は正常
- 起立時は足を広げて立つ
- 歩行時は千鳥足で歩く様子がみられる
- 眼振を伴う
脊髄小脳変性症
脊髄小脳変性症は、小脳を中心とした神経の変性によって、主に運動失調症状(小脳性運動失調、小脳失調)をきたす病気の総称です。
「変性」とは、原因が不明な病気、つまり、感染症、中毒、腫瘍、栄養素の欠乏、奇形、血管障害、自己免疫性疾患などはっきりと原因が特定されるもの以外のさまざまな原因による病気を指します。
変性が脊髄、大脳、脳幹、末梢神経に及ぶものも含まれています。また、運動失調症状のほか、
パーキンソニズム(パーキンソン病様の症状)、錐体路障害、末梢神経障害、認知症など、さまざまな症状を呈する病気が含まれています。
脊髄小脳変性症には「遺伝性」と「非遺伝性(孤発性)」があります。さらに、非遺伝性には、「皮質性小脳萎縮症」と「多系統萎縮症」に分けられます。
遺伝性脊髄小脳変性症の多くでは、神経変性の原因となる遺伝子が判明してきて、その遺伝子の働きや、病気になるメカニズムが分かりつつあります。
ただ、非遺伝性脊髄小脳変性症に関しては、はっきりとした原因は分かっていません。
症状と特徴
脊髄小脳変性症には遺伝性や非遺伝性などいろいろなタイプがあるため、症状も少し違います。
どのタイプにも共通する症状は、起きあがる時や歩く時にふらつく、手がうまく使えない、話す時に口や舌がもつれるなどの症状です。動かすことはできますが、いろんな筋肉をバランスよく協調させることができなくなるので、箸を使う、字を書くといった細かい動作は特に苦手になります。
病気のタイプによっては、足の突っ張り、手の震え、眼球の揺れ、筋力低下などが出ることもあります。
これらの症状がゆっくりと進行し、徐々に悪化していくことが特徴です。
進行すると、食物の飲み込みや排尿排便にも影響が出ることもあります。
治療方法
薬物治療
現在のところ、脊髄小脳変性症の病気そのものを完治させたり、進行を止めたりできるような治療法はありません。
それぞれの症状を和らげるための対症療法を行います。
歩くときにふらつく、手がうまく使えない、ろれつが回らないなどの小脳の運動失調の改善・進行予防の薬を使用します。
また、動作の遅さ、手の震えなどパーキンソン病に見られる症状が出ている場合は、パーキンソン病の原因であるドーパミン不足を補う薬を併用することもあります。
便秘や排尿障害、足の突っ張りなどに対しても、それぞれの症状を緩和する薬を使います。
理学療法(リハビリ)
脊髄小脳変性症のリハビリ治療は薬物治療より効果があると言われています。薬物で脊髄小脳変性症の症状を治療するには限界があるので、リハビリを並行して行うことが非常に重要となります。
理学療法は疾患の初期から開始し,歩行がいまだ自立している軽症の時期,歩行が不安定になり移動に介助を要する
中等度障害の時期,転倒の危険が大きくなり全身の機能障害が進んだ重度の時期と,ステージに応じて必要な訓練を選択して行うことが重要です。
小脳出血
原因と特徴
最も多い原因は高血圧です。
他の原因として、生まれつき血管の弱い部分をもつ人、血管の奇形の人(脳動静脈奇形、海綿状血管奇形)、弱い血管が作られてしまう病気の人(もやもや病)や、血液が固まりにくくなる抗血小板剤や抗凝固剤を飲んでいる人は出血をおこしやすくなります。
小脳出血は全部の脳出血のなかで5~10%を占め、50歳以上の中年~高齢者の男性に多くみられます。
死亡率が17~27%と高く、少量の出血でも死に至ることがあります。
「頭痛」と「嘔吐」
小脳が収まっている「後頭蓋窩」は非常に狭いスペースで、その中で出血を起こした小脳が腫れてくると、ひどい頭痛と嘔吐を起こします。
運動失調
小脳は運動機能を調整するはたらきを持っているので、出血によって障害されると、うまく運動することができなくなります。
- 細かい運動ができない
- 歩行時にふらつく
- めまいがする
- ろれつが回らない
また、小脳出血では手足が動かなくなるといった麻痺症状は出現しません。
手足の麻痺がないのにこれらの症状がある場合は、小脳出血などの病気を考えなければなりません。
共同偏視
共同偏視といって両方の眼球が一定の方向にそろって向いてしまう状態のことを言います。
小脳出血の時は、出血を起こした小脳の反対側へ向かう共同偏視を起こします。
意識障害
小脳出血が大きくなってなってくると、徐々に意識が悪くなってきます。
出血を起こした周囲の小脳が腫れてくると、血液の循環が悪くなって更に腫れがひどくなっていきます。
あっという間に意識障害を起こして、最悪の場合は呼吸が止まってしまうこともあるので注意が必要です。
治療方法
薬物治療
出血量が少ない場合、神経学的な障害が軽い場合には手術適応とならず、内科的な管理が優先されます。
ただし、小脳出血の程度が重篤である場合にも、積極的な手術適応にはなりません。
小脳出血の一番の原因は「高血圧」なので、血圧を下げる薬を持続で注射して血圧コントロールを行います。
この時の目標とする血圧ですが、上の血圧で140mmHg未満となります。
血圧コントロールが悪ければ、再出血によって状態がさらに悪くなってしまいます。
脊髄を大脳や小脳と連絡する神経の通り道である脳幹(中脳、橋、延髄)は、呼吸や血液循環、嚥下、
睡眠や覚醒レベル、自律神経系のコントロールといった、生命が生きる上で必要な活動を司る中枢です。
小脳出血を起こした時は、出血のまわりの小脳がどんどん腫れてきて、この大切な脳幹を圧迫し始めます。
脳幹がこの圧迫によって壊されてしまわないように、腫れを軽減する薬(グリセオール)の点滴治療も重要になってきます。
手術治療
外科手術の適応については、小脳出血では最大径が3cm以上で神経学的症候が増悪している場合、
または小脳出血が脳幹を圧迫して脳室閉塞による水頭症をきたしている場合には手術の適応となります。
一般に開頭血腫除去術および脳室ドレナージ留置を行います。
脳腫瘍
特徴
脳腫瘍は、脳の実質、脳を包む膜(髄膜・硬膜)、脳神経などさまざまな部分に発生する腫瘍をすべて含めて脳腫瘍と呼びます。
脳細胞から発生する“原発性脳腫瘍”と、他部位のがんが脳に転移し発生する“転移性脳腫瘍”に分けられます。
いずれのタイプでも、脳腫瘍を発症すると脳の細胞や神経にダメージが加わるため、発症部位によって運動麻痺や言語障害、視力・視野障害などさまざまな神経症状が現れます。
原発性の脳腫瘍には発生頻度の高いものから、神経膠腫、髄膜腫、下垂体腺腫、神経鞘腫があり、この4大腫瘍で脳腫瘍の約80%を占めます。
頭蓋内圧亢進症状
- 脳に大きめの腫瘍ができると、頭蓋内の圧力が高くなりすぎて起きる症状
- 代表的な症状は頭痛、嘔吐
局所症状(巣症状)
- 脳腫瘍の周りにある脳の機能がダメージをうけることで出る症状
- 代表的な症状は、歩きづらさ(運動失調)、しゃべりづらさ、けいれん、耳の聞こえづらさなど
特に運動失調に関わる脳腫瘍のできる部位は小脳です。
小脳は、後頭蓋窩にあり、腫瘍の約15〜20%は後頭蓋窩で発生します。
小脳は、視床と連動して歩行や発話などの複雑な筋肉協調を制御しているので、小脳腫瘍の症状は、
これらの機能に影響を与え運動失調をおこします。
治療方法
脳腫瘍の治療は(1)手術療法、(2)放射線療法、(3)化学療法、(4)免疫療法などの4つに大別されます。
原則的に、良性腫瘍には手術療法のみ、悪性腫瘍には手術療法の他に他の治療法が併用されます。
保存的治療
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化学療法
脳の血管には血液悩関門があり、ある程度の大きさ以上の物質は通らないように保護されています。
したがって、脳腫瘍に使用される薬剤は限られます。
主に分子量の小さなアルキル化剤やニトロソウレア系抗がん剤などが使用されています。
また、限定的ではありますが、分子標的薬も使用することもできます。
この様に、血液脳関門の存在や使用可能薬剤の制限の面から、他の臓器のがんに比べて、その効果が乏しいのが現状です。 -
免疫療法
インターフェロンなどの免疫活性剤が脳腫瘍の治療に使用されています。
しかし本治療単独での抗腫瘍効果は極めて僅かであり、多くの場合には何らかの他の治療法との組み合わせで使用されていることが殆どです。 -
放射線療法
悪性脳腫瘍の全部、あるいは比較的良性の腫瘍の一部に対して、放射線療法は重要な治療法のひとつです。外科療法や化学療法と併用したり、単独でも治療を行います。
腫瘍の種類や場所によって、いくつかの方法が使い分けられます。- 全脳照射
- 部分照射(ガンマナイフ、サイバーナイフ)
- 重粒子線照射
手術
脳腫瘍の治療は、基本的に手術によって腫瘍をできるだけすべて摘出することを目指します。
しかし、腫瘍がある場所によっては、腫瘍を摘出することによって、術後に麻痺や言語障害などの重い障害が残る恐れがあります。
腫瘍をすべて摘出できたとしても、不自由な生活を余儀なくされてしまいます。
そのため、腫瘍の摘出量と神経機能の温存のバランスを図ることが重要です。