鼡径ヘルニア
「ヘルニア」とは、体の組織が正しい位置から逸脱した状態をいいます。
「鼡径ヘルニア」とは、足のつけ根の部分(鼡径部)に、本来ならお腹の中にあるはずの腹膜や腸の一部が、筋肉の間の穴から皮膚の下に出てくる病気のことで、一般には「脱腸(だっちょう)」と言われることが多いです。
乳幼児から成人まで幅広く発症してしまいます。
乳幼児はほとんど生まれつきなものですが、成人は加齢により身体の組織が弱くなることが原因で、特に40代以上の男性に多く起こる傾向があります。
また、腹圧のかかる立ち仕事をする人、重い物を持つ仕事をする人、便秘症の人、肥満の人、前立腺肥大の人、咳をよくする人、妊婦も要注意です。
鼠径ヘルニア患者の80%以上が男性ですが、これは、鼠径管(お腹と外をつなぐ筒状の管)のサイズが女性は男性より小さく、脱出しにくいためと考えられています。
症状と特徴
お腹に力を入れた時や、立ち上がった時などに、鼡径部が膨らんだりします。
初期には上から押さえることで元に戻ることが多いです。そのまま放置をすると、徐々に穴が大きくなり、脱出したままになったり痛みなどを伴ってきます。
腫れが戻らなくなったり、お腹が痛くなったり、吐いたりした場合は、嵌頓(=腸などがはまり込んだ状態)といい、緊急手術が必要になることがあります。
腸が壊死していた場合は腸切除が必要になる場合があります。
種類
外鼡径ヘルニア
幼児~成人まで、最も多く発症します。
睾丸を養う血管や精管を貫く穴(女性の場合は子宮を支える靭帯)を内鼡径輪といい、その穴からお腹の中の内容物(主に腸)が脱出してしまいます。
内鼡径ヘルニア
内鼡径輪よりも内側寄りから内臓が入って脱出します。
外鼡径ヘルニアとは穴の位置が異なりますが、症状はよく似ています。
高齢の男性が多いですが、女性でもみられます。
大腿ヘルニア
鼡径部の近くにできますが、やや脚に近いところに膨らみができます。
大腿輪という、脚にいく血管や神経が通るトンネルの入り口が広がって脱出してしまいます。
中年以降の女性に、嵌頓する可能性が高いと言われています。
比較的珍しいタイプです。
閉鎖孔ヘルニア
大腿ヘルニアよりさらに珍しいタイプのヘルニアで、骨盤にある閉鎖孔という穴(閉鎖神経、閉鎖動脈、閉鎖静脈の通り道)が広くあいてしまい、ここから脱出します。
痩せ型の高齢女性に多く、ヘルニアが出来ていても膨らみとして気づきにくく、嵌頓して初めてみつかることもあり、緊急手術になるリスクが高いです。
また、Howship-Romberg徴候といった、閉鎖神経圧迫による大腿内部から膝部にかけて痛みがでることもあります。
治療方法
手術治療
入院期間は3日~5日程度です。(術後経過、基礎疾患等によって変わります)
鼠径ヘルニアは自然に治るということは基本的にありませんので手術による治療を行います。
脱出してしまう穴を、筋肉を縫って補強したり、人工物(メッシュ)などで穴を塞ぐ手術をします。
以下の手術方法がありますが、患者さんの状態を考慮し術式を決定しています。
当院では基本的には「 腹腔鏡下鼡径ヘルニア手術 」を行っています。
腹腔鏡下鼡径ヘルニア手術(TAPP法)
腹腔鏡という手術用のカメラを使って手術を行います。臍部などに3箇所小さな創をつけて、テレビモニターを見ながら手術を行います。筋肉の補強は人工の網(メッシュ)を用います。
- 術後早期の疼痛が軽減します。
- 創が小さく美容的です。
- 術後早期の社会復帰が可能です。
- 入院期間も短いです。
従来法(鼡径部切開法:バッシーニ法、マックベイ法、iliopubic tract repairなど)
鼡径部の皮膚を切開して手術を行います。弱くなった筋肉を縫い縮めて補強をします。
メッシュを使った方法より再発率は高くなります。
しかし、メッシュは汚染された場所には使えないため、腸が嵌頓して壊死している時などはこの方法で手術を行います。
メッシュを使った方法(鼡径部切開法:メッシュプラグ法、クーゲル法など)
鼡径部の皮膚を切開して手術を行います。弱くなった筋肉にメッシュという人工の網(ポリプロピレン製)をあてて補強をします。
腹壁ヘルニア
お腹の壁の弱い部分から、内臓が腹膜に包まれたまま脱出する状態です。
体表面がふくらんで見えることもありますが、はっきりしない場合もあります。
最も一般的なものは、腹部の手術の創(傷)の部分にみられるもので、「腹壁瘢痕ヘルニア」と呼ばれています。
ヘルニアの突出は、多くの場合、おなかの力を抜いたりすることで自然に元にもどりますが、突出したまま元にもどらなくなることもあり、その状態を嵌頓と呼びます。
ヘルニアが嵌頓状態の場合は、緊急に嵌頓を解除しなければ絞扼性腸閉塞になるため、緊急手術で嵌頓を解除します。
手術以外の方法で嵌頓が解除された場合も、ヘルニアの原因は修復されていないため、手術でヘルニアを修復する必要があります。
特徴や原因
腹壁ヘルニアの原因は、それぞれの病気によって異なります。腹壁瘢痕ヘルニアは、ほかの腹壁ヘルニアでは、先天的、または外傷などによって後天的にできた腹壁のくぼみに内臓、主に腸が入り込んだり滑り込む形で突出します。強い腹圧がかかると簡単に突出します。
腹壁ヘルニアには、以下が含まれます。
- 臍ヘルニア
ほとんどが先天的ですが、肥満・腹水貯留・妊娠・長期腹膜透析に続発することがあります。
- 腹壁瘢痕ヘルニア
手術によって腹壁を支える筋膜に欠損部ができ、ここから腹膜に包まれた内臓が突出します。
- 傍ストーマヘルニア
直腸がん手術などで作られた人工肛門(ストーマ)の脇から内臓が脱出する傍ストーマヘルニアがあります。
ストーマの脇の皮膚が腫れてくるため、ストマ管理が困難になる場合があります。
- 上腹部ヘルニア
腹部の真ん中で、左右の腹直筋をつなぎとめている白線といわれる部分に出来た脆弱もしくは欠損部分から起こるヘルニアです。
- 半月状線ヘルニア
腹直筋の外側で、腹横筋が欠損もしくは脆弱となっている部分に起きるヘルニアです。
過度の排便時のいきみ・激しい咳・排尿障害・出産・重いものの運搬などにより強い腹圧がかかると突出しやすくなります。
治療方法
手術治療
入院期間は3日~7日程度です。(術後経過、基礎疾患、術式等によって変わります)
腹壁瘢痕ヘルニアは一度なってしまうと自然に治ることはまずありません。
ヘルニア部位は徐々に大きくなってしまうことが多く、状態にあわせた適切な治療が必要です。ヘルニア部分が大きくなってきた場合や痛みを伴う場合には手術が検討されます。
人工物(メッシュ)を使う方法と直接縫合する方法があります。
また、腹壁瘢痕ヘルニアの手術は腹腔鏡で行う場合と開腹して行う場合があります。
人工物(メッシュ)を用いて行う腹壁ヘルニアの手術
人工物を用いて行う手術には、人工物をどこに入れるかによって大きく4種類に分かれます。
筋肉の表側に人工物を置く方法
筋肉の穴に人工物を詰め込む方法
筋肉の裏側に人工物を入れる方法
おなかの中に人工物を入れて中から覆う方法
ヘルニアの大きさが4-5㎝を超える場合や組織が脆弱な場合にメッシュを用いた術式が選択されます。
デメリットとして、メッシュ感染や腸がメッシュに癒着して腸閉塞などの合併症が起こることがあります。
自分の組織を用いて修復する腹壁ヘルニアの手術
3つの縫合方法があります。
ヘルニア門を直接縫い合わせる方法
ヘルニア門を覆う筋肉を二重に重ねて縫い合わせる方法
側方の筋肉に切れ込みを入れて、筋肉がよりやすくしてヘルニア門を直接縫い合わせる方法
小さなヘルニアに行われることが多いです。
筋肉を縫合して引き寄せるため、筋膜に緊張がかかってしまい再発することが多いとされています。
ただ、嵌頓ヘルニアの場合では腸を切除する可能性もあり汚染された創ではメッシュは使用できないためこの方法を選択することが多いです。